藤井聡太竜王名人2025/11/27 16:29

とうとう藤井聡太竜王名人が、永世竜王の資格を得られました。
 これはとんでもない大記録です。今までに永世竜王はお二人しかおらず(渡辺明九段と羽生善治九段)、当然のように最年少更新です。

 将棋界において、名人と竜王は別格のタイトルです。特に名人は、プロ棋士となる四段昇進から C2,C1,B2,B1, A級へという「順位戦」を、1年かけて戦い、1年ずつ勝ち上がってA級まで到達した、ごく一部のトップ棋士10名が総当たり戦をして、その第1位になった棋士が名人挑戦者となるのです。
 最短でも5年。もちろん、それは実質的にまず不可能な早さです。
しかし、藤井竜王名人は1度足踏みしただけでA級に駆け上がり、見事その年に挑戦者となりました。
 そして時の名人を破り、将棋界の頂点 名人となったのです。
そして、「永世」資格を得る条件はタイトルによって異なりますが、名人の場合は通算5期(現在3期目を防衛中。)ですが、竜王は連続5期か通算7期です。

 今回は連続5期での「永世」竜王資格保持者となられました。
竜王を当時の豊島竜王から奪取したのが昨日のように鮮明に思い出されますが、あれから5期連続。凄まじい記録です。

 あまりの強さに相変わらず周囲は感覚が麻痺していますから、的外れなコメントも随分見られました。しかし、目先の利益に捕らわれず、ずっと先を見据えて、まだまだ進化の途中の藤井竜王名人。(ちなみに、タイトル保持数に関係なく、竜王や名人を保持していれば〇〇竜王、〇〇名人、両方保持していれば「〇〇竜王名人」が正式名称です。)

 王座を奪取されてしまったことで、現在は六冠を保持されていますが、それでも圧倒的な強さです。現在 23歳ですが、
タイトル獲得数32期、
  うち永世称号3つ(永世棋聖、永世王位、永世竜王)
一般棋戦優勝 12回
初タイトル獲得 17歳11か月
四段昇段    14歳2か月
他に 詰将棋解答選手権チャンピオン戦 最年少優勝(12歳8か月、小6)
など。

 タイトルはつ奪われました。しかしそれはいずれも1日制のタイトル戦で、持ち時間が短いのが特徴です。長考派なので、少しタイムマネジメントでやや失敗することがあるのが主因ですが、それも相手の得意戦法を避けず、王道を行く戦い方をしているからだと思います。(今回の王座戦なら相掛かりを敢えて避けなかったことなど。)
 まだまだ戦法の幅を広げ、相手の良いところを吸収し、一層大きく羽ばたくための試行錯誤を続けておられると思います。なので、またタイトルはおいおい奪取していくと確信しています。

 それでも、今の将棋界を、伊藤2冠との2トップというのにはさすがに無理があると思います。伊藤さんも強いですが、一般棋戦(全棋士参加)の優勝がなく、タイトル通算3期です。(それでも素晴らしい成績ですが。)

 藤井竜王名人にファンが多いのは、もう一つ、圧倒的な強さはもちろんですが、そのお人柄でしょう。タイトル戦などで各地を転々とし、祝賀会などにも参加されていますがその際にその人格に触れファンになる方もおおいのではないでしょうか。

まだまだこれからが楽しみで仕方ありません。
まずは永世八冠になられるまでは私も元気で頑張りたいと思っています。


トッカータ2025/10/01 22:43

 私のピアノの恩師と言える方は3人いらっしゃるのですが、中1から高3まで習った静岡のO先生、次に東京に戻ってからのA先生、音大在学中に師事したY先生です。
 お三方とも勿論芸大卒業で、且つ演奏活動もなさっているのですが、A先生が他のお二人より3歳くらい?年上です。
 私のピアノの本当の意味の基礎を作ってくださったのがO先生、その後は生涯の恩師と仰ぐA先生、このお二人無くして私のピアノ人生は有り得なかったのです。
 A先生は数年前に故人となられましたが、O先生はご健在で、時々連絡をとっているのですが、先日のお手紙で、演奏会でラベルの「クープランの墓」から、プレリュードとトッカータを弾かれたとのこと。
事前に知っていたら是非伺いたかった!のですが、この曲が「貴女に合っていると思うから弾いてみたら?」とお手紙にありました。

 今は本当に便利な時代で、検索すればたちまち動画が見られます。
難しそうですが、素敵な曲なので楽譜を買って練習を始めました。
 冒頭から「え?!」となってしまいました。

よくあることとは言え、音域が広すぎて、指が届かない!
自分が名ピアニストの作曲家は、自分の手の大きさに合わせて書いているので、元々体格が違いすぎて、手のサイズも特大です。

テンポがそこそこならば何とかなります(超絶技巧の持ち主ながら手は我々並のアシュケナージの演奏などでも確認できます)が、トッカータのようなとても速いパッセージでは・・・。
 譜読みもそれなりに大変(老眼のため)、まずもって指遣いの確定と工夫に相当な時間が必要です。
これだけしっかり取り組むのも何十年?ぶり?でしょうか。

 どっぷりぬるま湯の生活が祟って苦戦しています。
とは言え、時間をかければそれなりには弾けそうな感触があります。

 で、曲の背景や色々ある版を検討してペルルミュテール(の弟子の方)の校訂版を買いました。
今更ながら、トッカータがラベル(のみならず全ピアノ曲で)の最難曲!と知って驚いていますが、さもありなん、という感じです。

 毒を食らわば皿まで、という訳で、ガスパールもトライしてみたくなりました。(^^;

しかし、これを80代でお弾きになったとは! 
正真正銘のプロは違いますね。

さて、私のトッカータが仕上がるのはいつのことでしょうか。(^_^*)

高原の夏休み2025/08/21 21:06

仙丈ヶ岳以来山に登れなかったので、標高1600m〜1700m辺りを徘徊してきました。
思いがけずミヤマモジズリが沢山咲いていて、可愛かったです。


幸運にも白花も。

他には
ナンバンハコベ


シキンカラマツ


そして
トラキチラン。随分白っぽい花でしたが、シロバナなのでしょうか。





馴染みのお宿に一泊でしたが、のんびり出来てお花も沢山でよかったです。

日航機墜落から40年2025/08/12 22:29

今日は日航機墜落から40年の節目ですね。
あれから40年!
私はこの時、初めての海外旅行中で、1日遅れ位でその情報を得ました。ドイツ・オーストリアの旅でした。現地の新聞一面に、ヘリで吊り上げられている生存者の画像が大きく載っていたのをよく覚えています。
 旅行を終えて、無事着陸した時、客席から期せずして安堵の拍手が起こりました。(因みにその時乗っていたのはソビエト連邦のイリューシンという旅客機でした。)

数年前に、職場の同僚(恐らく70代)からびっくりするような体験談をお聞きしました。あの日航機に乗る予定だったというのです。
当時、大阪に帰省される際、息子さんは新幹線で先に、彼女は飛行機で向かうことになっていたそうです。
 その日、何故か余りにも胸騒ぎ(のような感覚)が酷くなって、当日なのでキャンセル料も高いのにと思いつつ、とても無理!と感じて急遽新幹線に替えて帰省されたそうです。
 何も知らずに大阪駅からご実家に電話すると、既に機影がレーダーから消えたという速報が流れ、同機に乗っているとばかり思っていた娘の声を聞いて、驚きと安堵の余り、電話口でお母様が泣き崩れた、というのです。

 虫の知らせというのでしょうか。

 同級生が文筆業との2足の草鞋を履いているのですが、その彼が次回作のヒントにと、そのような類いの体験談を周囲に尋ねたところ、10人に1人位は居るだろうかと思ったら、とんでもない、余りにも体験者が多かったので、怖くなって、その話を書くのはやめたそうです。

 一概には言えませんし、私自身もよくわからないので中立のスタンスですが、全否定できない事だけは確かなようです。

 あれから40年。私も生かされていることに感謝しつつ生きていこうと思いました。

仙丈ヶ岳2025/08/09 12:24

8月4~5日で仙丈ケ岳に行ってきました。 20年ぶり、3度目になります。
 仙丈ヶ岳に行くには、令和元年の台風19号の甚大な被害により、南アルプス林道も戸台口(仙流荘)からしか入山できません。となると、選択肢はほぼ一択。まいたびのアルペン号夜行バスになりました。
 ということで、20年前なら夜行日帰りも可能だったかもしれませんが、山友も私もそれなりの年齢な上に夜行明けや高山病の可能性もあるので、初日は途中の馬の背ヒュッテ泊りにしました。
 夜行バスは途中休憩や、ほかの登山口等に寄りながらも予定通り、朝5時前には仙流荘に到着。 降りると風が爽やかで、酷暑の東京から来た身には天国です。 奥には鋸岳が顔をのぞかせています。
駐車場には平日というのに既にかなりの車。既にバスを待つ人の列も伸びています。
              (click で拡大します。↓)

 休日の長蛇の列を想定してか、路面にはシートが敷かれ、並び順が指定されています。チケットは仙流荘内の自販機での購入ですが、まだ閉まったままです。ということで、山友Mさんはバス待ちの列に、私はチケットの列に並びます。外には立派なトイレ舎と飲み物の自販機もあって有難いですね。

 5:30頃ようやく仙流荘の入り口が開き、現金組とカード(キャッシュレス)組に分かれて進みますが、券売機は4台ほどあって係の方もおり、タッチ決済も出来るので列はどんどん進みます。

 平日はバスの始発が6:05ですが、少し早めに乗車開始。補助席まで使うものの全員着席で、満席になり次第どんどん出発します。途中下車可能ということで、私たちは大平(おおだいら)山荘で降ろしてもらいました。

降りたのは私たちだけでしたが、目の前には鋸岳が聳えています。
山荘は無人のようでしたが、なんとオオビランジがお出迎え。


 本当に静かで涼しく、期待が高まります。なんといっても今日はコースタイムが2:30なので、どんなにゆっくり歩いて好きなだけ写真を撮っても、昼前には小屋に着く(はず)です。 まさに「大人の山旅」。 静かな樹林帯を熊鈴を鳴らしながら出発。
 平坦で涼しい樹林帯、すぐにお花が出迎えてくれます。あまりに小さいので見落としそうですが、予想外の数に小躍りしながら心行くまで撮影タイム。




どこまでも続くコイチヨウラン・ロードです。 ただし、森は暗く、被写体も小さすぎて、なかなかピントが合いません。 この辺りではもう足が止まって前に進めません。
(結局この日は150枚以上も撮りましたが、まともなのは数枚~数十枚。)

これはお初のアリドオシラン。これも小さいですがあちこちににゅっと伸びていて、ユニークな形をしています。


これまた小さなコフタバラン。あまりに小さいので見落としがちです。
久しぶりのキソチドリも数株ありましたが、終わっているものが殆どでした。

キソチドリ

なだらかな道が少し急になってくると沢に沿うようになり、振り返るとなかなかの絶景です。


沢沿いの樹林帯はコケも多く、ひんやりして気持ちの良い登りです。


赤い小さな花が特徴のクロクモソウ、コバノイチヤクソウ、セリバシオガマ、ミソガワソウ、
そしてミヤマダイモンジソウも。


あんなに深かった谷がどんどんせりあがってきて、とうとう丸太橋で対岸に渡るようになります。


ここまでは私も気分よく登っていて、「この調子だと、何なら今日中に登頂すらできるかも?!」とルンルン気分だったのですが・・・・。
橋を渡ると雰囲気がガラッと変わって、日差しがまぶしいカンカン照りの道に。


まず目に飛び込むのは一面の黄色の絨毯。
オトギリソウです。これでもか、というほどの数であたりを埋めています。


ウサギギク

マルバダケブキ

タカネグンナイフウロ

タカネナデシコ

ソバナ

センジュガンピ

ここでも向こうの崖に鮮やかなオオビランジも見つけました。


暑くて眩しくて、サングラスをかけましたが、ここで一気にペースダウン。
でも振り返ればやっと甲斐駒が見えてきました。


 朝、調子に乗って「撮り放題」したツケが溜まってか、急にバテてしまい、日陰に入るたびに立ち休み。救いは、途切れることのないお花畑。
オヤマリンドウ、ネバリノギラン、ミヤマコウゾリナ、ミヤママンネングサ、ハクサンフウロ、ムカゴトラノオ、パセリのような葉っぱのタカネヨモギも群生しています。

すっかりお日様も高くなって、私はバテバテ。
3歩進んで2歩下がる、ではないですが、一段とスローペースに。
もう小屋は遠くないはず、と思いつつ頑張って歩きます。
周囲の鹿よけネットの中はお花畑。それがマルバダケブキばかりになってくるとようやく馬の背ヒュッテ。
なんと正午をとっくに過ぎて12:20到着。(大平小屋を7:00に出たのですが・・・。)

まあちょうど昼食にはよい時間??に着いて、まずはお部屋に入り、荷物を降ろしてから食堂で持参のお昼を食べます。窓から甲斐駒も見えて、ほっと一息。
Mさんが小屋のコーヒーをご馳走してくれました。これは本当においしいコーヒーでした。
 小屋に着いたら水分はたっぷり取らないといけない、ということで手持ちの水分を飲み切って、更に500円の麦茶も買ってがぶ飲み。

 夜行明けなので4人部屋に二人だけでゆっくりお昼寝。2時間ほど爆睡し、その後は食堂の図鑑を見たり、また戻って荷物整理したり。
今日は貸し切りかと思いきや、かなり遅い時間にもう1組が到着。でも女性のみなので気楽です。

5時の夕食、こちらは鹿対策を兼ねてジビエの鹿肉カレーとなっています。
(事前に伝えておけば豚肉に変えてくれます。)


ちなみに、この小屋は水が豊富で、外ながら水場は流しっぱなし。これは飲めるそうなので助かりますね。1つ上の仙丈小屋は水が涸れているそうです。
トイレは小屋の裏に回っての旧式のトイレです。

明日朝はおにぎりに変えて頂いたので、7時前にそれを受け取ったらもうすることもないので寝ます。厚いマットに毛布を敷き、手製のインナーシーツの上にもう一枚。中に潜り込めば、寝るだけです。

とはいえ、一度9時ごろトイレに起きると、少し霞んでいるものの、夏の大三角形が見えました。月が明るいので、降るような星空は望めませんが、それでも星が見えるとうれしいですね。

風が強く吹いているようで少し気になりますが、横になれば数時間は眠れました。ちょうど0時ごろ一旦目が覚めましたが、横になっていることで体も休まるのであまり気にせず、周囲がにぎやかになってきた4:30ごろには起きることにしました。
「夜トイレに起きたら、小雨が降っていたの。」とMさん。
今は降っていないようですが、お天気が少し心配です。

朝食を頼んだ方は5時からですが、私たちは部屋でおにぎりを食べてから出ることに。経木に包まれて3個入っています。1個半食べて、残りはお昼用とします。

風が強そうなので、稜線に出て強風ならば、カールの縁を回る小仙丈への周回コースはエスケープも出来ないしあおられて危険と判断し、引き返すことも想定します。
 支度して下に降りると、雨は止んでいるものの、ガスっていて風もあります。
念のため1本ポカリを買って、5:35出発。

しばらくは鹿よけネットの間を縫って登っていきます。体も頭もまだ寝ているので慎重に。ほかの登山者も追い越していったり、上から降りてきたり。
今日は人が多いようです。

登りなので見つけやすいのか、ベニバナイチヤクソウ、ゴゼンタチバナ、ミヤマホツツジ、バイケイソウ、そしてミネウスユキソウ。

ガスの向こうにいきなり小屋が見えて、仙丈小屋に到着。
きれいな水洗トイレお借りして(200円)、いよいよ山頂へ向かいます。

遮るものがなくなってくると風の強さを感じます。残念ながらガスが切れる気配は全くなく、これはきっと山頂ピストンしかないね、と話しながら登ります。

タカネヒゴタイ

トウヤクリンドウ

イワギキョウ

最後の登りが始まるあたりでは暴風に。これは厳しいね、と話しながら、急な岩場を登っていくと、上から降りてきた若いお兄さんが、「大仙丈まで行こうとおもったのですが、風がひどいのでやめて引き返してきました。」とのこと。
やはりそうなりますか。

直下は体感風速17~20mの暴風で、バランスを崩さぬよう慎重に足を運び、時に固まり、何とか登頂。7:30

はい、何も見えません・・・。

何組か登頂してきますが、初めての方が大半のようで、皆さん小仙丈へ行けるかどうか判断しかねている様子。
山頂で何組か写真を撮ってあげながら、おせっかいなオバ(ア)さんである私は、「この風でカールの縁を歩くのは危険だから、引き返すほうがいいですよ!」と強調。

心配そうな、柏崎からいらしたという女性2人組と一緒に降りることになり、なんちゃってリーダーの私は声をかけながら暴風の中、岩場を下ります。

途中のイワギキョウやトウヤクリンドウに励まされながら降りていくとやっと岩陰になって風がよけられるのでほっとします。
「展望がなくて残念だけど・・・。こんな時はライチョウでもいないかなあ~」

すると向こうに動くものが。↓


いやあ、会えてよかったです。遠目でしたが、今年も見ることができました。
残念ながら期待のタカネビランジは全く見つかりませんでしたが。

下りはお得意の私たち。仙丈小屋に戻ったのが8:10で、10分休憩後、馬の背ヒュッテに9:10~20、丸太橋の分岐に9:30到着。

このころには時折日も射して、「10時になれば晴れるという予報だったよね~」と言いながらも降りるしかありません。


ここからは往路と違って藪沢小屋経由で北沢峠に向かうコースに進みます。
15分で藪沢小屋。沢の間を縫うように進み、カイタカラコウやトリカブト(キタザワブシ?)が咲いています。

カイタカラコウ(甲斐宝香)はマルバダケブキより一段と小さく、花が5弁、葉の先がとがって三角形なのが特徴です。

山も秋の花が咲き始めていますね。

藪沢大滝の頭で主稜線に合流します。10:25+小休止
4合目(10:55~11:05)、2合目へとどんどん下りますが、樹林帯の石がゴロゴロした段差の道で、花もないので面白くないルートです。20年前の記憶に唯一残っているのがこの道のことでした。

北沢峠13:10発のバスに乗りたいのですが、2合目(11:45着)まで来るとあとはコースタイム40分なので、ここで軽くお昼兼大休止。

実は年齢が近かった同行の女性たちとおしゃべりしながら楽しく降りることができました。

北沢峠に12:50着。
バスは屋根のあるベンチの上に番号が振ってあり、これまた整然と乗車できるようになっているのは流石です。

無事に1台目に乗り込み、1時間弱で仙流荘へ。
マイカーで帰る彼女たちを見送って、800円払ってお風呂タイム!
空いていて、ゆっくり汗を流し、食堂の椅子に腰かけて休憩。
北沢峠では通じなかったLINEで下山を報告し、16時のバスを待ちます。

帰りは数名の乗車でしたが途中3か所くらいで他の予約客を拾い、高速に乗って一路新宿へ。予定より少し早く21時前に到着。

お花尽くしの今年の夏山も無事終了。
Mさん本当にお世話になりました!
来年もまた夏山ご一緒しましょうね!